神融心酔

中国茶・台湾茶を中心とした素敵な出会いの数々を綴っていきます

嬉野の釜炒り茶


10日は早めにチェックアウトをして、
北野さんの工場のある不動山へ向かいました。

温泉街から長崎街道に車を走らせると山間に茶畑が見えてきます。
途中で右に折れ、そのままずっと進むと途中大茶樹があります。
そこも過ぎて更に進んでいくと、一番奥の山に建つ建物が見えました。
「釜いり茶モデル工場」です。

工場では北野等さん、北野誠さんお二人が迎えてくださいました。

嬉野地区では昔は各農家にある釜で釜炒り茶を作っていたそうですが、
機械化が進んでいく過程で
生産効率の高い蒸し製機械の採用が増え、
次第に釜炒り茶を作る農家や工場が減っていったそうです。
この不動山の製茶工場でも以前十年間ほどは蒸し製機械を使っていたそうですが、
嬉野の伝統茶を守っていくため
ふるさと創生事業の補助金を資金の一部にあて、
工場を建て直し、釜いり製茶機を導入したとのことでした。

工場の中は少しひんやりとしています。
春から夏にかけてはフル稼働であろう機械も今は静かにお休み中です。



森式連続炒り葉機です。
温度管理が味の決め手だそうです。
ここから揉捻機、乾燥機を経て荒茶が出来上がります。

工場で仕上げたやぶきた種と在来種の釜炒り茶を飲ませていただきました。
が、前の晩にいただいた誠さんのお茶とはちょっと味が違います。
誠さんのお茶は独自に販売しているもので、
仕上げに金子式炒り葉機を使い、ひと手間かけているのだそうです。
茶葉も色が白っぽく、香りもより香ばしく、のど越しがいいのが特徴です。




不動山を越えると向こう側は長崎県
江戸末期、長崎商人の家に生まれた大浦慶が
嬉野茶を見出し、日本茶輸出貿易の先駆者となりました。
その時代のお茶はどんな味だったのでしょうか・・。



帰りがけに大茶樹にも寄りました。
不動山の山林をひらいて茶樹の栽培をすすめ、
「嬉野茶の茶祖」とも呼ばれる吉村新兵衛(1603~1657)の時代に
植えられたと言われています。
小さな可愛い白い花がところどころに咲いていました。