
2007年7月1日の今日は香港がイギリスから中国へ返還されてちょうど10年。
ひとくちに10年と言ってもその間には数々の困難な道のりがあっただろう。
これから先の香港がどんな方向に向かうのかわからないけれど
いつも新しい時代にしっかり身を任せてパワーを発してきた香港の行く末を見守りたい。
思えば初めて香港を訪れたのは1980年、
卒業旅行で大陸の江南~桂林~南寧~広州と周り、帰国の際に立ち寄ったのが最初だった。
一緒に行ったのは女性ばかり4名、そのうち一人は厳格なお父上に「香港だけは危ないからやめろ!」と一喝され、
広州からそのまま上海へUターンして単独帰国。
そう、その頃の香港は街で買い物をして試着室に入るとそのまま裏から誘拐され、
東南アジアなどに売られるという噂がまことしやかに囁かれた若い女性には危険な魔都だったのだ。
夜8時過ぎに街をうろついてはいけない、と釘もさされた。
でも、とりあえず女3人しっかりとバッグを抱え、夜の大通りを歩いたりもした。
百聞は一見にしかず、想像していたよりも安全で楽しく、何より全てが活気に満ち溢れて刺激的だった。
すっかり香港が気に入ってしまった。
でも、それは観光客としての立場で好き、ということだったのかもしれない。
その後2年住んだ台湾、数年間短期出張であちこち一人で回った大陸中国と比べると、
言葉も違う香港は私にとってある種身内ではない感覚もあった。
会社勤めを始めて3年目だったと思うが、取引先の社長さん家族の渡港旅行にお伴させていただいたことがある。
その時、社長さんと懇意にしている香港在住のKOREA系の実業家の方が香港を案内してくれた。
奥さんがテレサ・テンそっくりのとても可愛い大陸系美人だった。
旦那さんは日本語がペラペラだったが、奥さんは話せなかったので、
もっぱら私が北京語で意思疎通を図っていた。
数年後、社長さんからその実業家は実は北朝鮮のスパイ活動をしていた人で、
今は全く所在が不明であることを聞かされた。
社長さんもその実業家の正体は知らなかったらしい。
香港の暗の部分を垣間見た気がした。
香港返還前に、香港に住むチャンスが一度あった。
とても魅力的な仕事のオファーだったが、
一人で香港に住むことに今一歩踏み切れず断ったことがある。
もしそれを受けていたら、香港の記念すべき歴史的イベントに同席する機会があったかもしれない。
確実に今とは違う人生を歩んでいただろう。
人生に「もしも・・」はないが、私にとって香港はやはり最初に訪れた時と同じ、神秘的で近寄りがたいイメージがあるのかもしれない。
久しぶりに顔香圃興記茶荘の「大紅袍鐡観音」を飲んでみる。
これはちるさんにもらった2004年!もの。
ちるさんオススメの出来のいい年のものだけあって、
香ばしい香りとその奥にある鉄観音らしい力強さは健在。
少し熟成が進んでほんのり酸味が感じられるのもいい。
茶杯に残った甘い香りも楽しめてホッと一息ついた。
また香港に行きたくなった。